次回欄

田植えを前に(2017年5月7日撮影)

5月7日(日)、近所の農家が田植えの前に、用水路土手の草刈掃除に集合する姿(軽トラ群)は壮観である(この共同作業は6月下旬にも)。
さる東北の片田舎では、家畜で農耕をしていた時代は、土手の草は家畜の餌として刈り取られ、綺麗に手入れされていた。
用水路の水も綺麗で、水藻が生え、流れをよくするために、これを刈り取るのが共同作業だったと記憶している。
以前にも書いた記憶があるが、この時期になると、田圃を散歩するのが、後ろめたく感ずる。
小学4年生頃から、「田植え休み」があり、農繁期の手伝いが当たり前だった時代で、子供達も半人前ながらも戦力となった。
「田植え休み」の分は、夏休み、冬休みが短く、授業単位は、都会と変わらぬような仕組みになっていたようだ。地方によっては、「蚕休み」もあったようだ。
放送中のNHK朝ドラの舞台が、ちょうど家畜農耕から耕運機へと変化していこうとする時期で、都会も農山村も激動と言える時代だった。
                              (2017年5月9日)
「ワタシは犬よ」では、「店主の独り言」ではないではないか、という指摘もあり、やはり、店主の口からブツブツ語る事にする。
暑さ寒さも彼岸まで、という言葉もあるが、今日も真冬並みの寒さと、雨も降って、年寄りにはこたえる。犬たちも、小屋で静かに横になっており、散歩もなしである。
兄貴分のリュウタは、12歳となって、食欲もおち、先日、狂犬病予防注射のついでに診察してもらったところ、「腸にしこりがある」との診断だった。
手術の伺いをしたら、「高齢になり、麻酔から醒めない場合もあるので、このまま見守っては?」といわれ、ワタシとどっちが先かわからんが、なりゆきに任せる事となった。近所に、4月から火葬場が稼働し、ペット用窯もできたし、自分も、もう少し馬齢を重ねそうだが、終末設備があるのは、安心?だ。
農家では畔張、苗代準備と寒い中にも春の準備を着々と進めている。進まないのは当店の書庫の整理と売上アップだけのようだ。
                                         (2017年3月27日・月曜日)

「ワタシは犬よ(駄犬・雑種ともいわれます)F」

2017211日(土)、テレビでは、この冬一番の寒気が上空を覆うとか言ってるようだが、ワタシには、わからず、今朝の散歩は、気分爽快だった。ジイさんは、「寒いなあ、おっ!富士山が綺麗だし、いい事あるかなあ」などと、ぶつぶつ言いながら歩いている。
いつも通る田圃の中に、小さな稲荷神社があり、今朝は、近所の農家の方が数人(軽トラ2台)で幟をたてたり、お供えを並べたりしていた。
「五穀豊穣」の幟がはためき、ジイさんは、散歩のあと、一人でまた出かけ、ワタシらも含め、「家内安全、商売繁盛」を祈願してきたようだ。
田圃の中にポツンと鎮座する稲荷神社は、数軒の氏子で守っているようだ。
                      (2017年2月11日)

「ワタシは犬よ(駄犬・雑種ともいわれます)E」

69号と大荒れが続いて、小屋にも風雨が吹込み、ワタシも、兄貴分のリュウタも落着いて眠れないでいる。ワタシにはわからないが、ジイさんが虹だ、虹だとベランダから、さかんに写真なるものを撮っていた。二連の虹は珍しいとか言いながら。
昭和レトロと、昔を懐かしむテレビ番組もあるようだが、ジイさんの子供の頃は、写真機と言っていた機械がいつの頃かカメラと呼ぶようになり、今は、デジカメと言うそうだがーーー。
ジイさん、いつ頃からカメラと言ったっけなあと、思い出そうとしているようだが、ボケが始まっているようだから、思い出せないだろう。
ジイさんの仕事が年々はかどらなくなり、小さな庭先が雑草で覆われて、トカゲ、アマガエル、バッタと、賑やかになっている。ワタシは、蛇は苦手で、先日の深夜、ワタシのハウス上にとぐろをまき、ワタシとバアさんが大騒ぎした。ジイさん、「近所迷惑だから静かにしろ」と言いながら、いとも簡単に始末してくれた。1mを超す青大将だった。
ジイさんも時には頼りになるもんだ。        (2016823日)

「ワタシは犬よ(駄犬・雑種ともいわれます)D」

軽トラがズラリと並ぶ珍しい光景。6月下旬、「中干」という、田圃の水を10日余り抜いて稲の根をしっかりさせ、背丈をあまり伸ばさず、倒伏に備えるという事らしい。
昔は水もきれいで、主要な水路に藻が密生して水流が悪いので、刈取りしていたが、今は、牛馬も飼っていないので、農道や畔には雑草がはびこり、藻はないが、水路の水が干された時に農家の皆さんが、刈っているんだなあ、とジイさんの独り言。
独り言はボケの始まりだ、と自分で言いながら、ブツブツ言って歩いている。
干上がった堀のあちこちに、水溜りができ、間もなく小魚の死骸が悪臭を放つ事になる。その間が鳥たちの最高の餌場となる。匂いに敏感なワタシには、あまり歓迎しないが、ジイさんは、水溜りの小魚をせっせと捕獲して桶や、水槽で飼っている。                                                 (2016・7・13・水)

カブトエビとホウネンエビ。
2016
61日、近所の田圃を散歩中、今年も発見。
撮影用に採取する。
棒状の物は爪楊枝。

「ワタシは犬よ(駄犬・雑種ともいわれます)C」

散歩も、周りは水で農道から外れては歩けなくなってきた。蛙を追う癖がなおらず、時々水に落ちる事もある。ワタシは平気だが、兄貴分のリュウタは嫌がっている。
農業水井戸が運転中だと、冷たく美味しい水も飲めて、この時期の散歩は、ジイさんもワタシ等も快適である。
庭先に蜥蜴の交尾を見つけ、ワンワンとジイさんに教えると、写真というものを撮っていた。
蛇も出没するが、バアさんがワーワー騒ぐし、素早いので、撮影はできないようだ。
ジイさんは、このところ、メダカ孵化の用意や、並んだ水槽の掃除やら、忙しそうで、ワタシの抜け毛の処理は後回しになり、庭先やベランダに毛が舞っている。
取りに来れば、メダカを分けてあげると言ってるが、誰も来ないので、ますます増えるのをどうする気か?黒っぽいのは、鯰の餌にしているようだ。
店舗を構えていた頃は、店頭でお客さんに分けてあげていたようだがーーー。

                                     (20165月13日・金)

「ワタシは犬よ(駄犬・雑種ともいわれます)B」
ワタシは、本来なら先に飼われていたリュウタと夫婦になったかもしれないところだったが、一人前になる前に不妊手術をうけたので、兄妹の関係になって、今ではワタシの方が上位に位置しているつもりである。
このところ、ジイさんが風邪をひいたとかで、散歩はもっぱらバアさんがやってくれる。歩くのが遅いので、バアさんの散歩はあまり好きでない。
25sのリュウタと8s余のワタシを引いての散歩は、年寄りには結構大変なようで、時々リュウタだけを連れて散歩する事もしばしばで「カリン留守番」といわれてベランダに残される。
近所では、苗代作りが始り、ジイさんは、「じゃが芋」を植えなきゃ、と焦っているようである。
春、なのにーー。


写真のポーズは、4-5sの頃、知人から貰った服を着せられた時のものである。
女の子としては、気に入った写真の一つである、といいたいところだが、窮屈なだけで、
飼い主がよろこんでいるだけである。
写真用に半日ほど着せられただけで、助かった。
                                                           (2016年3月7日・月曜日:雨)

「ワタシは犬よ(駄犬・雑種ともいわれます)A」

家(ワタシの家はベランダの隅)には、すでに2005118日に貰われてきた牡の先輩犬がいた。名前は「リュウタ」といい、この欄にもしばしば登場している。

誕生日はわかりやすく、貰われてきた2か月前の20041118日とされたそうだが、いい加減なものだ。ワタシも拾われた20101月には、掌に乗る大きさだったから、わかりやすく20091118日の誕生とされた。

猫より管理がうるさく、人間社会では少し大切に扱われているのかな?と思ったが、狂犬病対策のためであって、大切に扱われているわけではなさそうだ

拾われて間もないワタシと姉たちである。姉たちは、成長とともに、東京都清瀬市、ご近所へと貰われていった。ジジイは、「嫁にいった」と称している。一番不細工で、チビのワタシは、貰い手がなく、とうとうジジイのところで飼われる事になった。                (2016218日・水)

無沙汰の「店主の独り言」となったが、しばらくの間、飼い犬の独り言を紹介しよう。店主に言わせると、ついつい愚痴と政への過激な発言になってしまうのでーー。

「ワタシは犬よ(駄犬・雑種ともいわれます)@」

正式の名前は飼い主(店主家族)が「カリン」とつけてくれた。名前は、飼い主たちが呼んだり、病院のカルテなどに必要のようだ。ワタシもご飯のときなど呼ばれるので、今では認識している。叱られて呼ばれる事の方が多いが、苦にはしていない。「吾輩は猫である」のようにカッコよくいきたいところだが、何しろ駄犬だから、どんな展開になるのか。店主は間もなく「後期高齢者」だから、「ジジイ」と呼ばせてもらう。ジジイが知人や近所の方にワタシを紹介?するのは「コイツは、3姉妹で2010112日の朝、乾いた田圃の土管に捨てられていたんだ」と。                        (2016211日・日曜)


刈取りも終わり、犬達との散歩も快適になってきた。 「犬達」であるが、一昨年の1月、もともと飼っていた駄犬と散歩していると、乾いた土管の中から3匹もの子犬が出てきて、可哀そうにと連れて帰ったのが事の始まりである。 最初みたとき、牡と勘違い、後に牝犬とわかり、貰い手探しにひと苦労(雑種の牝犬だから、捨てられたのだろう)。
 2匹は何とか嫁に出したものの、雑種の牝では、そうそう貰い手もなく、一番チビで、ひ弱そうなのが残り、我が家に落ち着く事となった。
 避妊手術を施した牝は、生意気にも先輩犬の大きな図体に飛び掛かりながらじゃれつき、辛抱している牡犬もワンと一吠えして決着という日々だったが、成犬となった今は、じゃれる事も少なくなり、時には体をすり寄せながら、並んで散歩している。 25キロの牡と8キロの牝に曳かれながらの散歩はシンドイ。
 チビはベランダの上、デブはベランダの下と住み分け、もめる事もなく過ごしている。 すばしこく動くチビ、のそのそ動くデブをみていると、狩猟犬系、そり曳き系かな?などと勝手に推測している。              
                                                                                         (2013年10月:飼い主バカの自慢話)



 8月初旬、 「六二三  八六  八九  八一五 五三に繋げ われら今生く」の歌が友人のメールに添えられており、数年前に朝日新聞?かで、騒がれた事を思い出した。
 沖縄県民の中には、「六二三」を特に、沖縄戦終結だけでなく、60年安保の発効日(批准完了)と重ねた政府とアメリカに対し、沖縄を永久基地化にしたと、怒りが強く残っているようである。
 因みにこの時の首相が、マスコミと財界で大人気の安倍首相の祖父であるのは、周知の事。 1960年代頃迄、815日が平日だと、昼休み直前に職場で黙とうを捧げる企業も残っていた。今はどうなんだろう。
 琉球出身の方と職場で一緒だった事もあり、彼女たちが、正月の長期休暇で「帰国」する時、「パスポートの関係で戻ってこれないかもしれない」と不安顔で訴える方もいた事も思いだされる。
 忘れがちな8月に、上記の歌を添えてくれた友人に感謝。                                  (2013・8・18:残暑・炎暑お見舞い申し上げます)


 やたら記念日があるのは知っていたが、81日が「水の記念日」とは知りませんでした。
 「綺麗な水に恵まれた日本」とよく言われるが、子供時代に比べると、河川も海も随分と汚れたね。
 福島の原発では、地下水まで汚されてしまい、その水位が上昇しているそうだがーーーー。
 「水に流す」という言い方は、「許す・忘れる」という意味もあるようだが、原発事故」もこんな言い方で処理されるのかなあ、と「水」の文字を見ながら考えさせられたところである。 流したくないねー、こんな危険物は。
 悪友からの飲み会の案内に「暑気払い&雨乞い」の表題がついていたが、山口・島根は大水害、関東の水源は渇水と、雨乞いをやるべきか、やらざるべきか。        (201382:水たっぷりの稲花から涼風)


 暑い、熱い、7月初旬から続く暑さ、ここ数年の暑い夏は、やはり「異常気象」かねー。 熱い選挙戦と、言いたいところだが、低投票率で、熱く無かった選挙戦も終わり、新聞・テレビで推進してきた「二大政党」とやらも、どうなったのか、早くも次の野党再編を煽りはじめている。 民意の反映を制限する「小選挙区制」が続く限り、無党派層は減らないだろうから、ボス議員・タレント議員が支配する政治が続くのかも?。さらに比例をなくし、民意の反映を狭める動きが強まるのを、新聞・テレビは、これからも「政治の安定」と称して、ヨイッショするのか?。
 鴨の姿は、稲に隠れてあまり見えないが、散歩の犬は嗅ぎ付け、吠えるので、子育て中なのかも。暑い、熱い夏はまだまだ続くと思うと、老体の健康が些か不安である。 (2013727 犬の散歩が苦痛の暑い熱い夏)   


連休も終り、川越・荒川近在の田園地帯は、田植え真っ盛り。昇る太陽に水を張った田が眩しく、出勤前の一仕事か、あちこちにトラクター、田植機が動き回っている。
 近所のお年寄りが「機械化であっという間の田植だが、なんとなく気ぜわしく、手伝いも出来ないのにそわそわしてしまうのは、昔の田植の忙しさが染み付いてるせいかね」と笑っていた。
 米のありがたさも、忘れ去られている昨今だが、農繁休暇といって、学校が休みとなって子供らも田植の手伝いに駆りだされた時代もあった事を忘れないでもらいたい。 「瑞穂の国」といって、復古日本を賛美している方々がTPPに参加しようとしているのが、理解に苦しむ。 食糧自給率が50パーセントをはるかに下まわっているそうだが、何でも輸入、円安進行で、食品、ガソリン、原材料などの輸入品が上がりっぱなしとなれば、なるほど「インフレ」ですね。                                                                           (2013・5・10 蛙の鳴声を子守唄に)


4
20日前後に、またまた寒さが戻ると報道されているが、我家もストーブはまだ片付けていない。
 近所では、1314の土日に、苗床も並べられ、育苗がスタートした。川越近辺は、変わりない春の風景だが、被災地の春景色は積んだ瓦礫は、見えても、平らな地面は雑草に覆われ、何も無かったような風景が続いている。 地元の方々の復興は遅々として進まず、私たちの目から、雑草で隠すような事はしてもらいたくないものだ。
 紙幣増刷宣言で、ミニバブルの様相を新聞テレビは煽り、歓迎しているようだが、誰が豊かになるんだろうか? 寒い春は、まだまだ続くのか?、早くストーブを片付けたいんだが。 (2013・4・寒暖差に右往左往の日)


桜も終り、庭先の金魚・メダカの孵化の季節となってきた。何年も孵化を続けてきたヒメダカ、金魚は、案外丈夫に育って、動き回っている。

店舗をかまえていた頃は、店頭に飾り、欲しいというお客様に分けていたが、閉店後は、分ける先もなく増えるばかりで、容器が間に合わなくなってきている。

メダカ(赤、黒など、雑種)・小鮒・金魚(雑種・和金)・ドジョウ・タニシ・ザリガニなどなど、欲しい方は一報を。但し、発送はしないので、ご近所で、受け取りに来られる方に限らせてもらいたい。

もっとも、近所で「古本屋えんどう」のホームページを見る方などいないだろうから、まさに「店主の独り言」になりそうである。                           (2013・4・穀雨近し)


「店主の独り言」が2年半もダンマリだったとは。幾人かの方から指摘があり、駄文を再開しようか?などと、長続きしない事を知りながらキーを叩いている。
 世情は、つい先頃までマスコミや政治屋、一部の学者が天まで持ち上げてきた「規制緩和」「経済の自由化」「構造改革」etc の成果がドーンと出て、ワーワーと騒いでいるようだが、持ち上げてきた諸氏は、喜んでしかるべきなんだろうに。 どうも生臭い話になって、「独り言」は、「愚痴」と化してしまいそうなので、最近の散歩の様子などブツブツと。
周りの田圃は、秋耕の黒い土となり、刈入れ直後に賑やかだった鷺もほとんど見えなくなり、カラスだけが目につく。
 空気が澄んで見え始める「富士山」の姿は、未だ見えないのが残念である。 用水堀に残った水溜りもほとんど乾き、小魚は異臭を放ちながら死滅、運のよかったドゼウが地に潜り、ところどころに小さな穴を残している。

この穴を掘り起こすと、ニョロリとーーーー。 小中学校時代、女生徒は「蝗捕り」男子生徒は「ドゼウ捕り」と、授業を休んで秋の数日間を過ごした事を思い出す。 蝗・ドゼウは、換金され、図書室の蔵書に化けるという、今日ではマスコミから叩かれ、保護者(父兄とは言わなくなったんですね)から苦情が出るだろうが、読ませたい本もない田舎の学校は、大変だったのである(戦前に非ず、戦後である)。                                                            (2008年 立冬)


 桜や、若葉もよいが、農村育ちの所為か、苗代作りは、春を実感させてくれる。最近の苗代は、北国はビニールハウスの中に棚をしつらえてパレットを並べる方式、ここ川越周辺では、地面にパレット置き、ビニールをかぶせるやり方が一般的のようである。

 子ども時代、4月1日が田圃への揚水機の試運転日で、近所の子どもらは、寒い季節にも関わらず、揚水機から吐き出される急流で初泳ぎをするのが、慣例となっていた。といっても、唇を濃紫にしながら、ほんのひと泳ぎして、陽だまりにガタガタ震えるだけの事であった。 それでも、風邪をひいた記憶はない。

次の水浴びは、初夏になってからなのに、寒い思いをしながら、この時期になぜ水に入ったのか?春を確かなものにする、子どもらの儀式だったのかもしれない。

当時の北上川の流れは、夏には砂地の岸辺に竹囲いをして、子どもらの「水浴び場」を設置するという、清流だった。

もう、あの清流は戻らないのだろうが、流量の多さ、ゆったりした川面の眺めは、今も変わっていないようだ                        2006・穀雨

 


啓蟄も過ぎ、朱メダカの水槽も凍らなくなったが、営業はますます冷え込んできている。
 お上は、景気は上向いていると発表しているようで、なるほど大手企業は空前の儲けを出しているようである。
 それでも「将来に備えて、賃上げは自粛しよう」なんて、おっしゃって、何処の将来か知らないが、「備えてくれる」なんて嬉しくなるじゃないの。
 ますます「構造改革には痛みを伴う」なんていう言葉が生き生きしてくるね。 古書に精通し、商売上手な同業者の一人が、ついに店をたたんでしまって、ショックを受けているところである。 私らような者が「日本経済云々」なんて語るのは、おこがましいんでしょうが、弱者が悲鳴を上げているのを「やっかみ」と片付けるのは、いかがなもんでしょうか。

話題を変えようっと。

野球の世界一とやらを決めようってんで、アメリカが音頭とってスタートし、組み合わせもアメリカ有利、審判員もアメリカ有利に配置したが、皮肉にも、決勝進出ならず。
 各国で競うスポーツで、一国だけの審判員を配置するなんてのは、親善試合ぐらいのものじゃないのかね。
 プロ野球開幕も近いが、「Aリーグ」「Bリーグ」にして、Aの下位3チーム・Bの上位3チームを入れ替える方式にしては?
 日本シリーズはAリーグから1・2位をBリーグから1位、両リーグの残るチームの勝率1位を加えて、4チームの総当り戦なんかやったら面白いんじゃないかなあ?
 野球ファンの皆様、勝手な夢物語ですから、気にしないでください。

夜のスポーツニュースがだんだん遅い時間となって、相撲はついに翌日の放送になってしまったが、生活サイクルはどうなってんのかね。

ついていけない事ばかりです。年寄りの愚痴ですか。                                      2006・3・20


12月15日に発売された「第6回小松左京賞」受賞作品「神の血脈」に、早速、鈴木輝一郎という作家のHPに、以下のようなコメントが掲載され、関心度の高さが伺えるのは、嬉しい限りである。『伊藤致雄「神の血脈」(20051228日・角川春樹事務所・本体価格1600円)読了。これは超超収穫。 古代日本を訪れた異星人が、相応しい一族に「寄生」して幕末のペリー来訪の歳にうんぬん、といった伝奇小説です。「2001年宇宙の旅」にハル・クレメント「20億の針」をたして、これを精緻な幕末時代小説に移植したもの……ってわかりますか。
 普通の伝奇小説と違うのは、きちんと「時代小説の文法」をこの著者が心得ているところ。たとえば主人公が女性と出会う場面で、「若い女性を裾もとから見上げるのは非礼で」といった意味の記述がありますが、そこいらは実際に和服を着ていないとわからないことで。オーソドックスな時代小説を書いても、この著者ならかなり面白いものになりそうな。
 いい作品です。』
「古本屋えんどう」の独り言としては、導入部が少し入りにくいが、入っていけば、読ませてくれる面白い作品。作者の年齢が63才と、マスコミでも話題になったように、新作発表には、苦労もあると思われるが、期待しているところです。                                           2005・12・25


 SFやホラー小説などを対象とする第六回小松左京賞(角川春樹事務所主催)は五日、埼玉県富士見市の無職伊藤致雄さん(63)の「ルーツ」に決まった。同賞の最年長受賞となる。賞金は百万円。(「東京新聞」05・9・6記事から)

友人の受賞に乾杯。

先日、同業者の先輩が亡くなられ、少々滅入っていたところへの朗報で、嬉しい限りである。

十数年前に、埼玉県志木市の「いろは児童文学賞」を受賞して以来の快挙。

この間に、幾つかの文学賞へ応募するも、最終選考どまりで、足踏みしていただけに、友人としての贔屓目ではなく、それなりの実力者であると思っている。

これまでの作品のほとんどを読ませてもらい、言いたい放題の感想を述べてきた一読者としても、これからの作品作りが大変だろうけど、期待もしているところである。

口実を作っては呑みたがる仲間たちは、早速、宴席を企画、今月は忙しくなるなー。                            2005・9・9

 
酷暑お見舞い申し上げます。

田園の用水路に、「ザリガニ」の穴が見え、一頃より水質のよくなったのか、農薬の改良が進んだのか、嬉しい限りである。

 「小江戸・川越」が観光のキャッチフレーズだが、休耕田に、時々鷺が数羽群れて羽休めをしているし、市街地の周りも捨てたものではない。

そのうち、ザリガニ釣りを試みようと思っているが、炎天下に爺がザリガニ釣りで、救急車を呼ばれても困るしーーーーーー。
ザリガニの件を若い頃に「米・塩・味噌・醤油」だけでキャンプを張ったりした友人に話したところ、大乗り気となった。

そのうち、爺がふたり、田んぼをうろうろする姿が見られそうである。ご近所の皆さん、正気な爺たちですから、救急車は呼ばないで下さい。

                                             2005・8・12

 

店主の独り言をしばらく無言でしたが、体調を崩したとかの理由ではありません。

 昨今、つい過激な言動を弄し、皆さんを不快にしてはいけないと、自制をしていたものです。

当り障りのない我が家のペット情報でも語らせてもらいます。

写真のように、生後6ヶ月となり、かなり精悍な面構えになって、純雑種の逞しさが一段と増し、躾にてこずっている毎日です。

「樺太犬」系では?と言ってくれる方もいますが、皆目見当がつきません。

写真から想像してください。散歩前に、排尿をさせる習慣をつけさせ、マーキング行動は、今のところありませんが、成犬になっても、続くものかどうか。
                                                      2005・5・30

 


先日、知人から仔犬を貰い、家中で躾に大騒ぎとなり、家族が増えたなという実感を味わっている。前の飼い犬は、昨年7月に16歳で死亡、散歩相手がいなくなって不便を感じていたところで、仔犬の成長を楽しみにしているところである。 「雑種」だが、全身黒で、前後の脚と口の周辺に白がはいる、なかなかの好男犬であると、「飼主バカ」は思っている。

 前の犬は辰年生まれで、「リュウ」と名付けていて、今度の犬も「リュウ」と呼ぼうとしたが、「同じ名前ではーーー」といわれ、「竜太・リュウタ」となったが、ついつい「リュウ」と呼び、先代の名前に戻りそうである。

最近は、ペットも家族の一員となっているが、情愛もほどほどにしないと、「ペットの死」などで、人間の心が壊されては「癒し」が本末転倒になってしまう。

 距離をおいた飼育がどこまでやれるかーーーーー。                                                                     2005・1・21

 


新年あけまして おめでとうございます

 月並みですが、今年もよろしくお願いします。

 第二次世界大戦終結から60年という節目の年だそうだが、終戦後、文化人、ジャーナリストと言われる方々の、戦前、戦中の心境が語られたり、書かれたりしたものに、「気が付いたら戦争に巻き込まれていた」ということをしばしば眼にする。 いま、文化人、ジャーナリストは、どう語っているのか、語ろうとしているのか試される年となりそうだ。
 「政」を新年早々語ると、イライラするので、雑煮談義でも― ―。 正月の雑煮はどんな味でした?雑煮ほど郷土色、家庭色に富んだ料理はないそうだが。 
 各家庭では、大体が夫の好みの雑煮になる傾向のようだ。
 近年、東・西・南・北と地方に関係ないめぐり合いで結婚、という全国がシェイカーでかき混ぜたようになってきており、郷土色もだんだんと色褪せてきて、三が日を三種類の雑煮で楽しむ家庭もあるとか。 
 東北には、「ホヤ」を小さく切って(出来れば殻付)いれ、ほのかなホヤの香りのする雑煮もある(食べたいなあ)。
 雑煮談義などやっている場合ではないか。店が閉店に追い込まれないようにどうするか。
 そっちの方が今年の課題になりそうだ。ん、ん、――――                                     2005.1.1  


12月8日「今日は何の日」。新聞・テレビも騒がなくなりました。イラクへの出兵も継続され、もはや60数年前の事などは、どうでもいい歴史の一コマなのか?
 格段に進歩した軍備と体制を整えた今日の日本軍は寝かせて置くのが勿体ないのかもしれない。新潟中越大震災に出動するぐらいでは、物足りず、うずうずしているのかも?
 着々と出兵の既成事実が積み重ねられ、拡大され、「憲法にそぐわないから、憲法を変えよう」の声も大きくなっている。
 マスコミにはほとんど取り上げられてないようだが、大江健三郎、小田実といった面々が憲法改正をさせない立場の「9条の会」なるものを組織している。
 歴史を振り返ったり、読んだりするのに、戦国時代や大河ドラマ「義経」もいいが、12月8日は何の日かも忘れずに、せめて14日の「忠臣蔵」並には扱いたいね。

                                                                      2004・12・8


 マッカーサーのコーンパイプについて書いているうちに、マッカーサーの偉さ(偉大な人の意ではない―大変な権力者という意である)を思い出した。
 誰かが我儘を言ったり、横車を押すと、すかさず「マッカーサーみたい」と返ってくる。
 年寄が、「可愛いいやんちゃな孫」を「うちのマッカーサーです」等とも表現した。
 無理な事を言うと「マッカーサーみたいなことを言うな」などと怒鳴られた事はしばしばだった。今なら、誰に当てはまるのかな?
 もはや聞かれなくなった歴史上の人だが、戦後日本の憲法、その他の行政・経済・文化などに与えた影響は、その是非は置くとして、絶大なものがあったのは確かのようである。
 アメリカナイズはここからスタートしたのだろうが、占領支配が終って、半世紀近くなろうとしている今日、日本の独立性は進んだのか?
 いかん、いかん、またまた硬いことを言ってしまった。                                       2004・11・7 
 
 


店主の独り言(漫歩径)を当店のホームページに掲載(掲載と言うほどのものでないが)してきたが、不精な私にとっては、差し替えが大変で、あまり季節に関係の無い、載せっぱなしに出来るような内容にしよう、と思いついた。 いい加減な記憶のまま、調べれば判断出来ることも、横着しながら。
 今、手元で毎日新聞発行の「一億人の昭和史」の清掃(古本屋はこれを丁寧にやってナンボ)をやってるところ、有名なマッカーサーが「コーンパイプ」を咥えてタラップを降りる写真を見つけた。
 そうです、私等が子供、いやガキの頃の表現が似合うな、ん、その頃、悪がきたちは、篠竹でコーンパイプを作り、枯れた蓬を揉んで詰め、「プカプカ、ゴホンゴホン」やっていた。
 私は、やってません。やってないのに、どうしてそんなに記憶が鮮明なのかって?んんーーーーん。
 生まれ、生年月日、育ち、不明のまま、記憶といい加減な「独り言」から、「そうだ、そうだ」「そこは違うんでは?」と推測しながら、駄文を暇つぶしに眺めて頂ければ、と思う。

                                                                     2004.10.15 


真夏から一気に秋。晩夏も初秋もなくーーーーーー。 「今年こそ、干し柿つくるぞ」と言ったら「うちに柿木はあるの?」とすかさず蔑みの声。。うーん無い、摘果しない木があちこちに、たわわに実らせたままあるのが、いつも気になって仕方ない。それがつい「干し柿つくるぞ」の独り言に。
 甘味料の無かった時代のせつない子供たちを、想像してもらえるかな。
 「柿食えばーーーー」暑い、暑い夏だったが、秋は確実にやってきた。「干し柿」つくりたいなー。
                                               2004・10・7